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2018年05月04日 [戸籍]
今はGW期間中ということで、5月1日・2日に休みを取ると9連休になります。4人に1人が有給休暇をとるとのことのようですから羨ましい限りです。
5月2日は八十八夜です。八十八夜を目安にして野菜を露地に植え替える作業を始める農家は少なくないようです。茶摘みの歌があるようにこの時期に摘まれたお茶は質が良く、飲むと長生きをするといわれています。
日頃、我が家ではコーヒーが主になっており、以前に比べて日本茶を飲む機会が少なくなりました。
初摘みのお茶はこの時期から売られるようです。早速、買いに行きたいと思います。

茶畑と富士

先日、家系図作成のため戸籍を見ていたところ、新たな発見がありました。
認知についてです。
婚姻関係のない男女の間に子(A)が生まれた場合は、Aは非嫡出子として母の戸籍に入り、Aの父の欄は空白になります。しかし、今回、見た戸籍には、Aは出生とともに父の戸籍に入っており、Aの父母の欄にそれぞれ名字の異なる父と母の姓名が書かれており、続柄は「長女」でなく「女」となっていました。この場合、Aは非嫡出子ということになりますが、取り寄せた全ての戸籍を見ても、どこにも認知した旨書かれていないのです。これは現行法令上あり得ないことです。

現行法令上、認知後、子が父親の戸籍に入るための流れは次のようになります。
1 婚姻関係のない男女の間に子が生まれた場合、その子は母の戸籍に入る。戸籍の父の欄は空白となる。
2 その後、父が認知をすると父の戸籍に認知した旨記載される(認知日・認知した子の氏名・認知した子の戸籍)。
3 母の戸籍の子の欄に父から認知された旨記載される(認知日・認知者の氏名・認知者の戸籍)。
4 その後、Aが父の戸籍に入るためには、家庭裁判所に「子の氏の変更許可申立」を行い、許可の審判が下りたら、父の本籍への入籍届をすることにより父の戸籍に入る。

ただ、Aは旧民法時の戦前に生まれていることから調べてみたところ、旧法当時は、認知により認知者の戸主の同意があれば認知者たる父の戸籍に入ることとし、認知事項は子の事項欄に記載することとされていたのです。これで出生と同時に父の戸籍に入っていることの疑問は解けましたが、認知した旨の記載がどこにもありません。
当事務所では、家系図作成の目的でも直系尊属の生まれてから亡くなるまでの全ての戸籍を請求しているため、役所のミスがなければ取得漏れの戸籍はないはずなのです。そのため、私はその戸籍を交付した市役所に問い合わせたところ、再度、父親が生まれてから亡くなるまでの戸籍を請求してほしいとのことであったため、理由を書いて再請求しました。
その後、当該役所から電話があり、既に請求された全ての戸籍を発行しているので出せる戸籍はないとのことで、内容から認知しているのは間違いなく、考えられることは戦前(昭和)のことでもあり認知事項を書かなかったのではないかとのことでした。
戸籍も奥が深いものです。






2017年06月24日 [戸籍]
梅雨に入っても雨の日がほとんどなかったのですが、昨日は一日雨でした。
我が家の隣りにある畑もしっとりと水分を含んで良い土になっていました。
今朝、畑側に置いてあるプランターに水をやりに行ったとき、畑の人と会ったので、「いい雨が降りましたね」と言ったところ「ありがたい雨です」と言っていました。ちょうどいい量の雨は大歓迎です。全国の水がめの貯水量を確保するために、この梅雨の時期に水害にならない程度にたっぷりと降ってもらいたいところです。
畑を耕作している人から、時々、フェンス越しに声がかかって採れたての農作物をいただくことがあります。いつもいただくのは申し訳ないので、最近ではわずかばかりですがお金を出して譲ってもらっています。


水がめ

家系図のため戸籍を見ていると、よく「婿養子縁組」と書かれています。昔は頻繁に婿養子縁組がありました。子供が女の子ばかりで男性の後継ぎがいないとき婿養子縁組をすることにより家を絶やすことなく維持してきたのです。
今でも「お婿さん」という言葉は世間一般に使われていますが、それは家制度のあった旧民法時の名残りであって、現在、法律上、婿養子という制度はありません。
現在、婚姻して妻の姓を名乗ったり、妻の両親と同居したりすると、「お婿さん」と呼ばれることがありますが、妻の親と養子縁組をしていないのであれば、昔の「婿養子」とは違います。大きな違いは妻の両親と同居しても妻の親が亡くなったときの相続権がないということです。
旧民法上の「婿養子縁組」というのは、養子縁組と同時に養親の娘との婚姻を行うことで、この養子を普通の「養子」と区別して「婿養子」といいました。「婿養子」は家の維持のための制度で、その家で生れて娘に婿を迎えて後継者(家督相続人)とする場合に行われてきたのです。
現在でも普通の養子縁組と婚姻を同時期にすることはできます。しかし、これは法律上、婿養子縁組とはいいません。

ちなみに、サザエさんの夫のマスオさんが婿養子と言われることがありますが、調べてみると婿養子ではありません。サザエさんは磯野家で生れたのですから「磯野サザエ」で、フグ田マスオさんと婚姻して「フグ田サザエ」に変わっています。結婚している男性で配偶者(妻)の両親と同居しているときなど「私、マスオさんなので女房にはちょっと・・・」などと言う方は少なくありません。マスオさんは磯野家でサザエさんの親と同居しているのでお婿さんの代名詞のようになっているのです。
ところで原作では、サザエさんが大正11年(1922)生れ、ますおさんが大正6年(1917)生れとのことですので、今年、サザエさんが95歳、マスオさんが100歳です。本当に長寿番組ですね。

2016年05月22日 [戸籍]
家系図作りのため明治時代の戸籍を見ていると、氏名欄の上の戸主との続柄を記載する欄(額書欄)が空白となっていることがあります。もしかすると戸籍係の記載もれ?などと思ってしまいますがそうではありません。戸主と親族関係がない家族の場合は空欄にすることになっているのです。

明治時代の戸籍は、家族以外の人も籍に入れることができました。そのように額書欄が空白になっている場合、入籍の原因が「附籍」と記載されていることがあります。「附籍」とは、生活の道がなく他家に厄介となり養育されることをいいます。したがって、戸主との親族関係がなくても入籍できたのです。
明治4年に創設された戸籍制度の本来の目的は、人の居住の実態を把握することにありました。現在の戸籍制度は主として身分の登録制度としての役割を果たしていますが、明治4年の創設時の戸籍制度は、現在の住民登録制度のようなものでした。「附籍」は明治31年民法制定により廃止されることになります。

また、旧戸籍法には「引取入籍」というものがありました。例えば、婚姻によって他家に入った者が、従前の家の子を婚家に引き取るというような場合です。いわゆる連れ子です。
現在、連れ子を婚家に養子縁組以外の方法で入籍させる場合は、家庭裁判所に「氏の変更許可」を申し立て、「母の氏を称する入籍届」をする必要がありますが、昔は戸主と配偶者の同意によって簡単に入籍させることができたのです。

2016年02月04日 [戸籍]
今日は立春。2月に入ると手紙などに書く時候の挨拶は1月に使っていた「厳寒の候」から「立春の候」に変える方が多いかと思います。当事務所でも2月に入ってからの家系図依頼者あてなどの通信文には「立春の候」を使っています。数日前まで使っていた「厳寒の候」と「立春の候」の語感は大分異なり、文書そのものが暖かく感じるようになります。

今回は、明治維新後の大名についての豆知識です。
明治維新の際、新たに大名となった家があることはあまり知られていないのではないでしょうか。明治維新後、1867年の大政奉還によって各大名は藩主の地位を失いましたが、藩は1871年の廃藩置県までは残されていました。
将軍家の親戚である御三家には、幕府から派遣された付家老(つけがろう)という家がありました。安藤家・水野家(紀伊藩)、成瀬家・竹腰家(尾張藩)、中山家(水戸藩)の五家です。付家老とは、代々各藩の家老を世襲して藩政の中核にあるとともに、御三家が幕府に反抗しないように目付け役も務めていました。
この五家が明治維新の際に藩から独立して大名となったのです。

その後、1884年(明治17)に公布された「華族令」の際、こうした維新立藩大名といわれる家は、他の大名より一ランク低い男爵となりました。
「華族令」によって、士族、平民以外に華族という地位が与えられ、「公爵」「侯爵」「伯爵」「子爵」「男爵」という五つの階級に分けられました。概ね、10万以上の大名は伯爵以上に、10万石未満の大名は子爵となりました。

明治時代にあった華族・士族・平民の階級は、当時、戸籍に記載されていました。明治の戸籍には、表題部と身分の変動を記載する箇所(本籍と名前の間)2文字分程度の空白になっているところがありますが、その部分に身分が記載されていたのです。現在、請求しても当該部分は抹消されて交付されます。でも、ごくまれにですが身分の抹消漏れがあります。役所といえども生身の人間のやっていることですから仕方がないのでしょうか。

2015年12月20日 [戸籍]
最高裁において、夫婦同姓の規定と女性のみに6か月の再婚禁止期間が憲法違反であるかどうかについて争わていましたが、今月16日、最高裁は、このうち再婚禁止100日を超える分については違憲であるとの判決がありました。今回はそのうちの「夫婦別姓」について取り上げてみたいと思います。

夫婦別姓は、日本でも認められていた時代がありました。
江戸時代には、武士などの特権階級に姓の使用が限られていました。明治3年に特権階級以外の人たちにも使用が許されるようになり、明治9年に明治政府は結婚後も妻は実家の姓を名乗るとの太政官指令を出しました。この指令は、江戸時代の武士の伝統を継承したものです。武士階級は妻の由緒正しい出自を示すため、結婚後も別姓にする慣習があったのです。
しかし、妻が実家の姓を称することはなく、夫の姓や屋号を通称することがほとんどだったというのが実情のようです。
その後、明治31年施行の旧民法により「夫婦同姓」を義務化し、現在に至っています。

では、明治31年の民法施行前の明治時代の戸籍には、妻の姓は旧姓で書かれていたのでしょうか。私は家系図を作るに際して多くの明治時代に作られた戸籍を見ていますが、妻の名前の欄には名のみで姓は記載されていません。身分事項等の変動欄に書いてあるのは、父母の姓(実家の本籍、両親又は父の姓名)だけです。
ちなみに明治5年から始まった壬申戸籍の見本を見ましたが、妻の情報については姓の記載はなく名と父の情報についてのみ記載されているだけです。例えば妻の実家については「故高知藩士族高野善一亡長女」というように記載されており、名前の欄には「せん」というように「名」しか記載されていません。
戸籍にも夫婦別姓の色合いは感じられません。
同じ姓を使うことで家や家族との絆を感じるというのが日本的な文化なのかもしれません。

今、世界の先進諸国では、夫婦別姓が主流となっているようですが、本判決では「別姓を選択できる制度の是非は国会で判断すべき」と判示しています。
家族のあり方について議論を深めるときにきているのかと思います。

2015年12月02日 [戸籍]
家系図作りで数多くの戸籍を見ていると、?(はてな)と首を傾げてしまうことが多々あります。いくつか例を挙げてみます。

〇 戸籍の名前の欄に「無名」と書いてあることがあります。この人変わった名前だとか、名無しの権平さん?なのかと思ってしまいそうですが、実は、これには決まりあります。生まれても名が決まっていない子の戸籍の名欄は、名が決まるまで空白にしておきますが、出生届出前に死亡した子の名が決まっていないときは「無名」と記載することになっているのです。

〇 明治時代に作られたような古い戸籍に多くみるのですが、生まれた子の名が同じことがあります。例えば、長男が「鶴亀」で次に生まれた子も「鶴亀」と同じ名になっているのです。この場合、戸籍を読んでみると先に生まれた子の「鶴亀」が幼年でなくなっているのです。つまり、次の子が生まれる前に先の子が亡くなってしまうと、あたかもその存在がなかったように同じ名前をつけてもかまわなかったようです。今の戸籍にはそのようなことはありません。

〇 婚姻した夫婦に生まれた子の父母の名字は同じというのは当たり前のことですが、その後の戸籍を見ると突然、父母の名字が異なっていることがあります。
この理由はお分かりかと思いますが離婚したからです。
しかし父母の名字が異なって記載されているから、この人の両親は離婚したのかといえば、そうでもないこともあるのです。非嫡出子の父親が認知した場合です。したがって、私たちは異なった父母の名字が記載されている場合、その原因が離婚なのか認知なのかを他の戸籍で確認します。
ただ、父母の両親の名字が異なっている場合は、その子の続柄欄を見るとその理由は分かります。「長男」「二男」と記載されていれば離婚です。「男」「女」「子」と書かれていれば認知ということになりますが、その場合でも後に婚姻していることもありますので、やはり戸籍を全て見なければ分からないということになります。
今は、婚姻外の男女間に生まれた子は「非嫡出子」と言いますが、旧民法施行時では非嫡出子を「私生児」といい、父が認知したときは「庶子」と戸籍に記載しました。ただ、現在では「庶子」の名称が記載された除籍簿等があれば、その部分を抹消する取扱いをしているとのことですので、古い戸籍にも記載されていることはありません。
付け加えますと、現在(平成16年11月1日から)、嫡出子でない子は「長男・長女」「二男・二女」という記載をするようになりました。戸籍に「男」「女」というように記載されている場合は、それを改めるよう申し出ることができます。

〇 抹消すると言えば、抹消すべき箇所が抹消されないで発行されることもあります。私が見たのは身分です。明治の戸籍には、身分(華族・士族・平民)が記載されていました。その消し忘れの身分は「平民」です。戸籍の本籍地の次に空白の部分に身分が記載されていたのですが、そこに「平民」と書いてありました。平民は当時の人口の94パーセントくらいを占めていたのでさほど問題ない?かと思いましたが、差別に繋がるような身分の消し忘れがあったとしたら、これは発行した役所に確実に返す必要があります。やはり家系図作成の依頼者に渡すべきではないでしょう。
また、身分欄に「士族」と書かれた戸籍を依頼者からお借りして見たこともあります。確か、昭和43年くらいまでは身分欄は抹消されずに発行されていましたから、その当時取得した戸籍ということになります。大変貴重なものです。

戸籍を見ていると色々なことがあります。また、続編を書いてみたいと思います。

2015年09月08日 [戸籍]
家系図作成で戸籍を見ていると、再婚と同時に連れ子について新しい配偶者と養子縁組をするケースをよく見かけます。
いわゆるバツイチなどで連れ子がいる場合、新たな配偶者と連れ子との養子縁組をしておくことは、子供のためには良いことだと思われます。

先日、戸籍を見ていると、連れ子の養子縁組について珍しい記載を見つけました。それは非嫡出子の連れ子を持つ女性が結婚した際、婚姻相手の男性と養子縁組をしているのですが、それとともに自分自身の子供と養子縁組をして実子の養母になっているのです。
実の子と養子縁組をするというのは不自然と思いませんか。常識的に考えると実の親が自分の子と養子縁組をしても無意味ではないかと考えてしまいそうです。

実は、連れ子が婚姻相手と養子縁組をする場合、その子が非嫡出子であるときは母と子の間でも養子縁組をする必要がある旨民法で定められているのです。その理由は、実の子であっても養子縁組をしなければ非嫡出子のままですが、実の子と縁組をすることによって嫡出子の身分を取得することなるからです(民法809条)。これは子を保護するため規定です。
当然、連れ子が嫡出子の場合はその必要はないことになります。

また、お互いに連れ子同士で結婚した場合、お互いに養子縁組をしておくと、法律上、公平な立場となります。再婚後、子供が生まれたとしても、教育や相続の面で全く対等に扱われます。
通常は、20歳未満の子供を養子にする場合、家庭裁判所の許可が必要ですが、自分の配偶者の子供を養子にするときは裁判所の許可は不要です。
15歳未満の子を養子縁組する場合、親権者が本人に代わって承諾し、縁組の手続きをすることができます。
また、配偶者のあるものが未成年者を養子とする場合、子供はそれぞれに配偶者の実子ですから、この原則から除外されます。



2014年12月24日 [戸籍]
人がなくなると遺産相続があります。
生存している配偶者と子は最優先になります。したがって、第一順位の子がいると、第二順位の親と第三順位の兄弟姉妹には相続分はありません。
それでは、例えば父親がなくなったとします。すると配偶者である母親と子がいれば、父親の親である祖父母と父親の兄弟には相続分はありません。
子が婚姻していなければ現在の戸籍に、父、母、そして子がすべて載っています。
相続人となる人が全て載っているとして、現在の戸籍謄本を証拠として銀行に預金の相続を申し出ても銀行は受け付けてくれません。他にも相続人がいる可能性があるからです。
それでは、どの戸籍をとる必要があるのでしょうか。

父親の戸籍を遡ると必ず複数の戸籍があります。
@父親が生まれたときに出生届けをした戸籍 
A父親の婚姻に伴い作った新しい戸籍 
Bその後、戸籍の様式が変わったことにより新たに作成した戸籍
Cそのほかにも転籍などに伴う戸籍もあります。

なぜ、すべての戸籍が必要かといいますと、例えば上記の@の戸籍にいたときに父親が認知した子がいるかもしれません。それは@の戸籍がないと分かりません。仮に父親が再婚していたとして、前妻との間に生まれた子が婚姻しているとその子は別の戸籍が作られるため、現戸籍では分かりません。

そんなことで、生まれてから亡くなるまでの間の全ての戸籍が必要ということになるのです。




2014年11月29日 [戸籍]
戸籍の附表というのをご存知でしょうか。あまり馴染みのない言葉かもしれませんが、引っ越し等で住所が変わっている人は、各種手続き等をする際に提出を求められることがあるかと思います。
例えば、不動産を購入した場合、所有者の変更登記をする必要があります(所有権変更登記は義務ではありませんが登記をしておかないと危険です)。その際、戸籍謄本が必要になりますが、引っ越しなどで住所と本籍地が一致しないことがあります。そこで、戸籍に載っている本人の住所が確認できるよう、戸籍には本人の住所の異動履歴が記録された附票が付けられています。その附票によって過去に住民登録していた住所から現住所までの繋がりが証明できるのです。
住民票には前住所は記載されています。引っ越しが1回だけならそれで住所の証明はできますが、2回以上変わっている場合は、住民票では証明ができません。そんなときに戸籍の附票で証明ができるわけです。

ただ、引っ越し等で住所変更の住民登録をした記憶はあるが戸籍の登録はしたことはないと思う方もおられるかと思いますが心配はいりません。新しい住所地の役所に住所変更届けをすると、その役所が本籍地の役所に通知をしてくれるシステムになっているからです。

便利な戸籍の附票ですが、戸籍の附票には保存期間があります。戸籍の構成員全員が除籍になると、戸籍の付票も除付票となり、その後5年間保存されることになっています。したがって、本籍地が変わられて、その本籍に誰も登録されていない方(除籍になっている場合)については、過去の住所を証明する戸籍の附票が取れないことがありますので注意が必要です。

2014年10月21日 [戸籍]
戸籍というと、現在の家族が記載されている戸籍謄本を思い浮かべるかと思いますが、それは狭義の戸籍である現戸籍のことになります。
戸籍には、広義と狭義のものがあります。
現戸籍は、狭義な戸籍になりますが、広義の戸籍は、現戸籍・除籍・改正原戸籍・再製原戸籍のすべてを含んだもののことです。
広義の戸籍については、現戸籍のほか以下のものがあります。
@ 除籍
戸籍には、出生、婚姻、養子縁組などの原因で登録されますが、死亡、離婚や婚姻により新たに戸籍を独立させた場合は、戸籍から抜けることになります。戸籍から抜けることを除籍といいます。
A 改正原戸籍
戸籍法改正により書式が変わると、すでに作成されている戸籍は新しい書式に作り変えられます。改正前の戸籍を改正原戸籍といいます。
B 再製原戸籍
戸籍の紙が劣化するなどで滅失するおそれがあるときは、新しい用紙を使って戸籍を再製します。そのもとの戸籍を再製原戸籍といいます。内容は全く同じですので、これを請求することはできません。

家系図を作成するに当たっての一番大きな障害は、保存期間が定められていることです。現在の保存期間は除籍になってから150年ですが、法改正のあった平成22年6月1日以前は、保存期間は80年でした。そのため、昭和の初期以前の除籍や改正原戸籍は廃棄されている可能性があります。しかし役所によっては80年を過ぎても廃棄していないところもありますので、まずは請求してみることかと思います。
現在では保存期間150年に変わりましたので廃棄されていなければ古い戸籍でも取得できることになります。