ビジネスブログ | 家系図作成 33000円から ”先祖の歴史を後世に伝えたい”

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2015年10月06日 [家系図]

桜吹雪・・

家系図作成で戸籍を取り寄せていると文化文政年間(1804〜30)に生まれたご先祖が載っていることがあります。2〜3割程度の家系図にその時代に生まれたご先祖が記載されるかと思います。文化の前は、享和、寛政となりますが、私が今までに見た一番古い生年の記録は、享和(1801〜04)まででそれ以前は見たことがありません。でも戸籍には、文化(1804〜18)、文政(1818〜30)年間に生まれた方の父親(戸主)の名前が載っていますので、その父親は1700年代(18世紀)の生まれの方が多いということになります。
その時代に活躍した一人として「遠山の金さん」こと遠山景元は有名です。「遠山の金さん」は時代劇のヒーローで実在した人物です。諱(いみな・実名)は景元で、はじめに金四郎、後に左衛門尉(さえもんのじょう)と名乗りました。「金さん」は、天保11年(1840年)から14年までと、弘化2年(1845年)嘉永5年(1852年)までの計10年間町奉行を勤めました。嘉永年間というと明治の少し前のことですから、現在も「遠山景元」の戸籍が残っている可能性が高いことになります。ご子孫の方であれば取り寄せられるかと思われます。「金さん」というと遠い昔の人というイメージがありますが、比較的明治に近い最近の人ということになります。
 時代劇などで「金さん」がお白洲で見せる刺青といえば「桜吹雪」ですが、明治26年に発行された雑誌の中の「帰雲子伝」(きうんしでん)によると、その刺青は紙をくわえた美人の生首だったそうです。
しかし、その当時の江戸時代には、刺青禁止の町触が度々出されており、「金さん」が町奉行を勤めていた天保年間(1830〜44)にも、その触は出されていました。そうなると刺青が本当なら自分の首を絞めることになるわけです。
「金さん」は、若い頃には遊里に出入りするなど放蕩していたとも言われていますが、これらの史料は後年のもののため、実在の「金さん」を伝えているか不明なのです。
ということで、「遠山の金さん」に本当に「桜吹雪」の刺青があったのか、遊び人だったのかはいまだ謎ということです。


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