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2016年03月26日 [家系図]

仇討ち

明治に入っても、まだ仇討があったことをご存知ですか。
江戸時代の武士には、主君や肉親が殺された場合に仇討ちが許されていました。
明治6年に「仇討禁止令」が出されましたが、それまで仇討ちが許されていたということになります。
仇討ちについては勝手にすることは許されず、事前に藩を経由して「仇討願書」を申請し、幕府から許可を受ける必要がありました。幕府から許可が出ると藩に暇願いを出して、仇討ちの旅に出かけることになります。
旅の間も藩から家族に俸禄は支給されていたので、家に残された人たちの経済的な心配はなかったのですが、仇討ちは達成するまでは戻ることは許されませんでした。
仇討ちの相手がどこにいるのか分からない場合は、いつ巡り合うかは分からず、一生かけても見つからないということもあったようです。仇討ちを許可されたものは何万人もいた中で、成就したのは百数十件だったという記録からも、人生を賭けた大事だったことが分かります。
ちなみに、仇討禁止令が出された後の明治14年、旧秋月藩士の子が父母の仇討をしたとの新聞報道(東京日日新聞)があります。
先日作った家系図に明治6年生れの方がおりましたので話題に取り上げてみました。明治が終わって100年ほどですが遠い昔に感じてしまいますね。


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