ビジネスブログ | 家系図作成 33000円から ”先祖の歴史を後世に伝えたい”

家系図作成紀行
お問い合わせ
家系図作成
2016年04月15日 [家系図]

下り酒

家系図作りで戸籍を見ていると2割ほどでしょうか、文化文政期(1804〜1830)に生まれた方の記録が残されています。戸籍調査で文化文政生れのご先祖様の記録を家系図に書くことができれば大きな成果といえます。文化年間より前の出生の方もみることはありますが、数パーセント程度にすぎません。戸籍調査による家系図作成では文化年間(1804〜1818)が大きな壁になっており、それを超えることができた場合は思わず「おっ」と言ってしまうほどですから。
ということで今日は戸籍調査の壁である文化文政期の江戸についてです。

江戸の最盛期は100万人都市(諸説あり)といわれ、江戸は日本最大の消費地となりました。
全国各地で生産された物資は江戸に運ばれましたが、上方で作られて江戸に入るものは「下りもの」と呼ばれて品質の良さが定評でした。当時、江戸周辺で作られるものは「下らないもの」(くだらないもの)と言われ品質は劣るとされていました。
上方からくる酒は「下り酒」(灘、尼崎、西宮など)と呼ばれて評判がよく、特に、その年、最初に江戸に入る酒を積んだ船を新酒船といい、江戸湾に一番乗りするのが最高の栄誉とされました。
下り酒の中でも人気があるのは伊丹の酒で、「剣菱」「菊剣菱」「男山」は徳川将軍家の御膳酒に指定されていたそうです。
また、搾りたての新酒を「新走」(あらばしり)といい、初物好きの江戸っ子が好んで飲みました。
上方から江戸までの船の日程は元禄期には1か月ほどかかりましたが、江戸の末期には10日で到着するようになり、文化文政期には江戸に100万樽を超える下り酒が運ばれるようになったといわれています。


  • 「お問い合わせ」「資料請求」はこちらから(SSL通信)
  • お問い合わせ
  • 資料請求

PageTop