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2016年08月09日 [家系図]

鰻丼の始まり

先週、家系図作成のため戸籍を見てびっくりすることがありました。1700年代の出生の記録があったからです。寛政11年(西暦1799年)で、今から217年前です。今まで、当事務所で見た一番古い出生の記録は享和2年(1802年)でしたから、これは感動ものです。戸籍調査ではめったに出ない貴重な記録になります。

このところ連日、真夏日が続いていますが、体調はいかがですか。水分補給は大事ですが、やはり夏バテ防止には栄養のある食べ物がいいですね。栄養満点で滋養強壮に良いといえば鰻。この前、土用丑の日で鰻を食べた人も多いかと思いますが、鰻丼の誕生は、今から200年前くらいの江戸時代文化年間(1804〜1817年)のことです。
うなぎ
鰻丼の発明者と伝えられているのが大久保今助という人です。発明のきっかけは諸説あるようですが、大久保は常陸太田の出身で、故郷に帰るため、江戸を出発して牛久沼の渡し場に差しかかった折、大好物の鰻で腹ごしらえをしようと茶店で蒲焼とご飯を注文しました。その当時は、ご飯の上にウナギの蒲焼を載せて食べる習慣はなく、鰻とご飯は別になっていたのです。出来上がった鰻とどんぶり飯が運ばれてきたとき、「船が出るぞ〜」の声がかかり、慌てて大久保はとっさに、蒲焼の皿をどんぶり飯の上にかぶせて船に乗り込みました。対岸に着いてどんぶりに載った蒲焼を食べてみると、暖かいご飯に蒸された蒲焼は柔らかく、ご飯にも蒲焼のタレが付いてとても美味しくなっていたのです。
この食べ方を大久保が馴染のうなぎ屋に伝授して、現在の鰻丼の形態の食べ方が広まったといわれます。
こんな美味しいものを発見した江戸時代の大久保さんには感謝です。もしかすると大久保さんは寛政年間に生まれた人なのかもしれませんね。


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