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2016年11月13日 [家系図]

戸籍と旧地名

家系図作成のために明治時代の戸籍を見ていると、現在とは異なる地名が頻繁に出てきます。
例えば、東京渋谷は今では華やかな若者の街で知らない人はいないと思いますが、渋谷区に戸籍を請求して届いた地名を見ると「南豊島郡渋谷村」などと書かれていることがあります。あの渋谷が渋谷村だった?
東京も村から始まったのですから当然と言えば当然ですが。

風景
渋谷の地名の変遷については次のようになります。

〇 江戸時代寛文年間(1661-1673)渋谷村→上渋谷村・中渋谷村・下渋谷村の3村となる。
〇 明治2年(1870) 中渋谷村・下渋谷村→東京府豊島郡に所属
           上渋谷村→品川県豊島郡に所属
〇 明治11年(1879) 渋谷3村→南豊島郡に所属
〇 明治22年(1889) 町村制が施行 渋谷3村に「渋谷宮益町」「渋谷神原町」「青山北町・南町の一部」「麻布広尾町」を加え「南豊島郡渋谷村」となる。
〇 明治29年(1896)南豊島郡と東豊島郡が合併して「豊多摩郡渋谷村」となる。
〇 明治42年(1909)「豊多摩郡渋谷町」となる。
〇 昭和7年(1932) 東京市に編入され、「東京市渋谷区」となる。 
〇 昭和18年(1943) 東京市と東京府が廃止され「東京都渋谷区」となる。

私が戸籍で見た「南豊島郡渋谷村」は、明治22年〜明治29年の間に書かれた地名であることが分かります。
明治維新直後には、全国に7万1千余りの町や村があったのですが、明治22年に市町村制が施行されたときに、その数は1万6千ほどに減りました。その後も合併を繰り返し、現在では1718になっています(総務省ホームページから)。
繰り返し行われた町村合併等で「渋谷」のように現在も使われている地名もあれば、消えてしまう地名も沢山ありますし、新たにできる地名もあります。
市町村の合併には、吸収合併と対等合併があります。吸収合併は小さな町村が大きな都市に吸収されるため、小さな町村名は消滅します。しかし、対等合併の場合は、新たな市町村名をめぐって対立が起こることがあります。その解決策として互いの地名の一文字ずつをとった合成地名が作られることもあります。例えば、東京都国立市は、昭和元年に国分寺駅と立川駅の間に駅を置くこととなったのですが、その際、国分寺と立川から一字ずつをとって「国立」という新しい地名が誕生したのです。
「渋谷村」などという地名を見ると時代の流れを感じてしまいます。そして、その当時の長閑な渋谷村の風景が目に浮かんでくるようで、ほのぼのとした気持ちになります。


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