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2019年07月17日 [家系図]

官名使用禁止令

今回の話題は明治時代での名前についてです。
明治時代になり、平民も名字を名乗ることが許されるようになりましたが、名字だけではなく名前についても変化がありました。
明治3年「国名・旧官名使用禁止令」(太政官布告845)が出されました。
寺田家

この禁止令により名前に国名(例えば阿波守、武蔵、越前、相模など)や旧官名(〜兵衛、〜衛門、〜助、〜太夫、〜丞など)の使用が禁止されました。「〜兵衛」「〜衛門」などの官名にあたる名前の人は、それ以外のものに改名しなさいというものです。
しかし、改名するといっても元の名前と全く変わってしまっては不便も多くなるため、実際にこの禁止令に従って改名する場合でも、例えば、
  源左衛門→源四郎
  庄助→庄吉
  三郎太夫→三郎
というように、頭の文字は残すことが多かったようです。
しかし、この禁止令は非常にあいまいで府県によって解釈が異なり、積極的に守る役所とそうでない役所があるなど、政府の意思は統一されていませんでした。そのため、改名することなく「〜左衛門」や「〜兵衛」など旧官名を名乗る人は多かったようです。
事実、家系図作成で戸籍を見ていると、特に明治の戸籍には「〜助」「〜右衛門」「〜兵衛」などは非常に多く使われています。当時、人気の名前と言えます。
ただ、鳥取県においては、この禁止令が厳格に守られたとみられています。藩政時代、松崎町における成年男子のほぼ半数は「〜衛門「〜兵衛」「〜助」であったところ、明治4年時点における庄屋が作成した「書上帳」によると、官名の名前の人は1人もいなかったとのことです。
鳥取県の他の村でも同様であり、この改名は鳥取県内全域で行われたようです。

以上のようにあいまいな禁止令でしたが、念のため家系図を作る場合、江戸時代から明治時代を跨いで生きた先祖の中には、もしかすると、この禁止令により改名している可能性があるということを意識する必要はあると思います。
江戸時代に作られた過去帳、宗門人別帳、位牌などを見る時は注意が必要です。


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