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2021年03月06日 [家系図]

江戸時代の婚姻

家系図作成のために戸籍を取り寄せると、9割方の家で江戸時代生まれのご先祖様まで判明します。婚姻によって子が誕生し、その子が成長して婚姻して子が誕生するという繰り返しにより過去から未来に向かって命のリレーをしていくわけですが、それを図面化したものが家系図です。家系図作りの合間に近くの公園に行ってきましたが、梅の花びらは大分落ちてしまっています。梅から桜の花へのバトンタッチの時季のようです。
公園の梅花

今回は江戸時代の婚姻についてです。
江戸時代初期の結婚適齢期は早く、通常、13歳以上で結婚が許されました。それは早く嫁をもらって家の跡継ぎをつくり、家が断絶することのないようにとの戦国時代の遺風があったからです。
しかし、江戸時代も太平の世が続くと30歳くらいで嫁を迎えるなどの晩婚傾向が進みました。
ただ、将軍家や大名家では後継者が重要であるため、こどものうちに縁組をするということもありました。7代将軍家継は7歳で婚約しましたが、その相手が霊元上皇の皇女でわずか2歳のときでした。

当時、武家の女性は一般的に10代後半から遅くとも25歳くらいまでには嫁入りしました。
庶民の女性の場合は、16、17歳が適齢期で、19歳で薹(とう)がたち、20歳で年増、24、25歳は中年増、28、29歳では大年増といわれました。「薹(とう)」とは菜などの花茎のことで、「薹がたつ」とは花茎が伸びてかたくなって食用に適する時期を過ぎるという意味ですが、女性の場合は適齢期を過ぎるということのようです。
現在の女性の平均婚姻年齢が30.1歳(平成21年厚生労働省統計)ですから、今と比較すると大分早い婚姻になります。ただ江戸時代の平均寿命は30歳代とのことですから、単純に今との比較はできないですね。

また、当時は身分制度が厳格であり、原則として身分違いの結婚は禁じられていました。例えば、幕臣(将軍直属の家臣)と藩士、御目見以上(将軍に拝謁する資格のある直参)と御目見以下(資格のない直参)、士分と町民や農民との間の縁組は許されませんでした。
しかし、江戸時代も進むと、物価は上がっても家禄は変わらない武家の家計は困窮するようになり、下級武士を中心に娘を裕福な農民や町民に嫁がせることも多くなってきました。この場合、娘を農民や町民の養女とし、さらにそこから農民や町民に嫁がせるという方法をとったそうです。


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