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2021年09月26日 [家系図]

江戸時代の村

この23日が秋分の日でした。「暑さ寒さも彼岸まで」といわれますが、彼岸を境にすっかり涼しくなりました。
この季節に咲く花といえばやはり彼岸花です。昨日、たくさんの彼岸花が咲くことで有名な相模原北公園に出かけてきました。
彼岸花彼岸花2

きれいですが、場所によっては萎れているところもありました。もう1〜2週間早い方がよかったようです。

今回は江戸時代の村についてです。
江戸時代の村は、名主(庄屋)・組頭・百姓代の村方三役をトップとして、本百姓(地主)、水呑百姓(自分の土地を持たない)という階層に分かれていました。
名主は世襲制や旧家の輪番制によって定められ、名字(苗字)が許されています。
領主は年貢について、村全体に割付(請求)します。割付状を受けるのは名主などの村方三役です。領主からの法令の通達も名主を通します。名主は村人たちに説明したり、回覧などで伝えて周知しました。
その他、警察、消防、教育なども基本的には村が果たしていました。窃盗などの犯罪が起これば村人自ら捜査に当たり、火事があれば村人が消火に当たりました。
村の下部組織には「組」(五人組等)があり、婚礼、葬儀、田植え、普請などの共同作業を行っていました。
何でも自分たちで行わなければならないため、村民同士の結びつきは強く、村なしの生活は成立しなかったようです。

家系図作成で戸籍をみていると江戸時代の婚姻についても書かれています。婚姻については同じ村内での縁組が多いですが、小さな村だとカップルが揃わないようなときもありました。そのようなときは隣村からということになりますが、それでも距離にして3里(約12q)圏内といわれています。
しかし、明治、大正、昭和と時代が進むと交通機関も発達してくるため、それに比例して遠くに住むカップルが多くなっていきます。




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